RSS このブログをはてなアンテナに追加 このブログあるいはエントリをはてなブックマークに追加 人気blogランキング
2004年12月17日

式場探しを始めるよ

春先に結婚式をすることを考えると、そろそろ準備が必要になる。まずは一緒にゼクィネットで式場の情報を見て回ることにした。

僕と彼女の会場の希望は、シンプルな会場であること。華美でモダンな、いわゆる豪華な様式美は必要ない。でも、なかなかそういった会場は見つからない。おそらく、僕らの希望はゼクシィで式を挙げようとする人とは好みが異なるのだろう。

探せど探せど、希望を満たす式場はない。だんだん探すのが面倒になってきた彼女は「朝起きたら結婚式終わっていればいいな」と言ったよ。
2005年02月04日

式をあげる場所の綱引きが始まったよ

祖父母の移動が大変だから結婚式は僕の地元で、と僕の両親は言う。

オクサマの両親は結納代わりの食事会はそっちへ行ったのだから、結婚式も僕の地元で行うのはどうかと難色を示す。

そして僕は5〜8月の間は現在のプロジェクトのピークなので、準備のために何回も長距離の移動をする暇はないので、東京でやりたいという。

つまり、結婚式の会場を決める前の、開催地を決める段階で一向に意見が収束する気配がない。

とりあえず今週末、僕の実家に彼女と一緒に行き、話をまとめ、いや説得してくることにするよ。
2005年02月23日

結婚式の調整をしたよ

どうやら僕の親戚へのお披露目と結婚式は別々にやりたい、という希望はかなえられそうだ。



結婚式は家族だけ、場所も制約無しで検討できることになった。ただし、お披露目は僕の地元で、そして結婚式後の2、3週間以内がいいと、僕の親は言う。





結婚する形式を整えるのって、多くの人間が関わるために、その調整だけでものすごくエネルギーがいると、つくづく思う。



僕にとっては形式を整えることなんて必要悪だと思っているから、余計にそう思うのかもしれない。





オクサマに、結婚式の制約はなくなった、オクサマは自由になった!と報告する。



じゃ、面倒だから結婚式やりたくないー、といった。



「やらない」と言い出さないあたり、オクサマは頑張っていると思う、とオクサマに言ったら、「それは欲目だ、ダンナチン。」と諭された。
2005年02月27日

オクサマと結婚式場探しをするよ

オクサマの3月の勤務表が出た。3月の連休はどうやら一緒に過ごせそうだ。

じゃぁ、いっしょに式場めぐりをしようか、と提案するとオクサマはものすごくがっかりした。なにかと聞いたら「オクサマ、ダンナチンと一緒に温泉行く気でいた」と言う。

そして「そうだよね、式場探しにいかなきゃだよね」と自分に言い聞かせていた。
2005年03月19日

結婚式場めぐりが出来なくなったよ

結婚式場をめぐるつもりだったのだが、前の日、二人ともお酒を飲んで帰ってきたため起床が11時。

オクサマのアドバイスに従い、早々に本日の結婚式場めぐりをあきらめ、買い物に出かけることにしたのだが、二人の出発準備が整ったのは午後3時だった。



えらく見極めが良いことであった。



是非その見極めを、我々の買い物の優先順位に生かしてほしいのです、とオクサマをスカウトするとキッとにらまれた。

「まるでオクサマが寄り道して必要なものが買えていないみたいじゃないか!」



しかし事実である。



すると「心当たりがないこともない」とオクサマは仰せになった。







結局、今日は買い物をする日になった。



しかし、買い物中、早々に僕は疲れを見せる。毎度のことである。

そして見る間にオクサマの機嫌が悪くなった。毎度のことである。



そもそも普段歩いている量がまったく違うこともあるのだが、買い物の仕方がまったく違うために付き合うのがイヤになってしまうから余計疲れを感じるのかもしれない。



僕はあらかじめ必要なものを決めて目的の物だけを買って帰りたいのだが、オクサマはいろいろその場で考えたい。



ちなみに我慢して付き合うことはせず堂々と疲れたと主張する僕にも問題があるのだが、不満を鬱屈させるより問題点を洗い出すための問題提起のほうがずっとお互いのためだと考えている。



今日も健全に喧嘩をして健全に仲直りをして帰ってきた。







なお、このネタで喧嘩するのは5度目くらいである。いいかげんオクサマと僕は何か学ぶべきだと思う。



そして寝坊によって予定が遂行できなくなるのは10度目くらいである。
2005年03月20日

そして、寝坊したよ

式場めぐり2日目、見事に寝坊した。ちっとも式場さがしが進まない。

本来はぶらっと散歩気分で見て回るだけのつもりだったのだが、こんな適当なことでは何にもならないと危機感を覚えた僕は、目星を付けている式場に電話をしてちゃんと予約を取って相談することにした。
2005年03月22日

結婚式場を見学したよ

三連休最後の日に夕方から式場見学の予約ができた。

午前中から行動して、見学の前に僕とオクサマの眼鏡を新調して、ゼクシィカウンタに行ってみたりしようかと前日の夜に話していた。

そして僕は7時に起きてご飯を作ってからオクサマを起こしたのだが、「こんなに早く起きたら、ダンナチンは疲れて夜すぐ眠くなっちゃうよ。二度寝しよう、二度寝。」と寝ぼけたオクサマに布団に引きずり込まれ気が付いたら13時であった。



見学した式場は、ホテルの挙式+スイートルーム食事会スタイル。
この形式は食事してそのまま泊まれる点が、二人ともとても気に入っている。

見学した会場は資料から得られたイメージ通り少人数で行うのにとても適していた。ただ、予定していた月はそもそも大人気で、1日2組限定ということもあり多少日程を検討しなおさなければならない。

そのため仮予約もせずに、ペンディング。

そのままホテルのレストランで食事をしながら、今まで検討してきた中で感じた問題点をオクサマと共有する。

・オクサマの「華美でなく、シンプルな会場」という要望がマイナリティに属するため、それを満たす会場が圧倒的に少ない。
・家族同士だけで10人を超えるが、30人を超えないため、貸切・占有に適したキャパシティを持つ会場が圧倒的に少ない。


今度はもっと規模の大きいホテルのスイートルーム挙式を検討してみることにしようと話しながら帰ってきた。
2005年04月03日

オクサマに怒られたよ

よく言われることだが、挙式の準備に6ヶ月かかるのは、シンプルにしようとする僕らの場合においても確からしい。


入籍前の予定では、春から秋にかけて挙式をする、という大雑把な計画を立てていた。そして先月末の式場見学で、どうやら秋なら間に合いそうだという目算がたった。

しかし、その報告をすると、親はあと4ヶ月以内に挙式しろという。春から秋、といっていたのがいつのまにか7月という具体的な時期にすり替わっていた。
入籍してから時間が空かない方がいい、というのはよく分かるのだが、無理だ。

これから下記の優先順位で作業を行う予定なのだが、基本的に僕とオクサマが仕事を抱えている現状では月に2,3日程度しか休みが合わず、7月挙式は現実的ではない。



  1. 式場の選定

  2. 衣装のオーダ

  3. 結婚指輪の選定

  4. 2ヶ月前からの挙式準備




仕事で疲れた体を休めることも必要だし、1日は24時間しかないわけだから、休みの日に複数の準備を同時進行するほどの時間があるとは思えない。

そして新居を決めるのにかかった時間が1ヶ月半(延べ7日)程度ということを考えると、作業の容易さを考慮しても、1??3の作業で3ヶ月間は必要だと考えている。

そう考えると、挙式は最短で9月初旬になる。


しかし、思い込んだら止まらないうちの親にこんな説明が届くわけもない。

時間が足りないと説明しているのに、努力しろの一点張り。

あきれるほどにナンセンスだ。

入籍してから挙式準備に全力を注いでいたとはいうつもりはないけれども、3月末に、式場見学をして初めて僕とオクサマが望むスタイルではスケジュールが現実的でないと説明しているのに。


そもそも7月も9月も大してかわらないと思うのだが、親の答えは可能な限り早い方がいいの一点張り。説明を求めても、具体的な答えは返ってこない。


まともにコミュニケーションが出来なくてだんだん腹が立ってきたので、「きちんと質問に答えてください。話はそれからです。」とメールを送る。


そのあと、オクサマにケンカ腰は、ダメ!と怒られた。
2005年04月04日

オクサマが僕の親との調整に動いたよ

僕に任せておくと草も生えない事態になりかれないので、オクサマが僕の親との調整に介入した。

今日の朝、オクサマは僕の母親にメールを書いた。内容は、丁寧に我々の思うところを伝えるもの。これならばきっと納得してくれると思えるもので、内容も親に対する心配りのあるものだった。


「オクサマ、頑張った。ドキドキした。」

えらいぞ、オクサマ!と頭を撫でたらとても満足そうだった。
2005年04月04日

オクサマは僕の両親から返事が返ってこないことに不安を覚えたよ

7月に挙式となれば、逆算すれば、もう明日にでも動き出さなければならないのだが、僕の両親からは昨日のメールに対する返事がない。

一方で心配性なオクサマは「10月挙式を強く主張しすぎたかもしれない。」「あのメールでダンナチンの妻として失格の烙印を押されたらどうしよう。」とブルブルし始めた。

僕がオクサマは心配しすぎだ、と指摘すると「オクサマはいつだって心配性だもん!」と主張された。

とりあえず落ち着くんだ、オクサマ!と頭を撫でたら少し安心したようだった。


そして「オクサマは、犬のようだ。」とつぶやいた。
2005年04月08日

オクサマは僕の親の来訪予定に頭を悩ませるよ

僕の両親から電話があった。

内容は
連絡待ちだった結婚式の話……ではなく、今週末妹のところにいくから泊めてくれというものだった。母は妹のところに泊まるので、父は僕の部屋に泊める予定だという。

了承の返事を返したあと、結婚式の話について質問すると、考え中という答えが返ってきた。そして、どうやら、まだ父と母の間で意見がまとまっていないという初耳の事実が明らかになる。道理で、僕が父と、オクサマが母と話をしたあとで、僕とオクサマが話をしてもかみ合わないはずであった。

したがって今週始めに話した内容は、まったくもって無意味で白紙に戻った。状況整理を怠った僕が悪いのだろうか、途方もない疲労感を感じる。思わず苦情を言いそうになったがあとでオクサマに怒られるのは怖いので、思いとどまる。

結局今週末に、顔を合わせて打ち合わせをすることになった。それからオクサマの両親との調整が必要になるので、いい機会なのでそこに参加してもらうことにした。真の目的は僕の両親の暴走への抑止力であるのだけれども。

これで、ようやく結婚式への両親を交えた具体的な話が始まる。


安心したオクサマは、今週末の夕食のもてなしについて思いがいたり、「ああー、何を作ろう」と深く悩み始めた。
2005年04月09日

僕はF.L.Wright設計の結婚式場が気になるよ

フランク・ロイド・ライト設計の「自由学園明日館」という結婚式もできる建物がある。

式場探しの途中でここでも挙式できることを知ったのだが、予定している人数が合わなかったために対象外になっていた。それでも幾何学的なデザインが気になる僕はついついページを開いてみてしまう。何度も。

そして思わず「フランク・ライトー♪」と口ずさんでしまった。病気かもしれない。


しばらくしてからオクサマに「ミセス・ロイドのメロディか!」と突っ込まれた。
そして「ダンナチンはアホだなー」と誉められた。ありがとう。
2005年04月09日

オクサマは料理の腕をふるったよ

夜、父が家に到着した。オクサマが料理を作ってもてなす。満足してもらえた様子にオクサマはほっとしていた。

食後、明日オクサマの両親を交えて話す内容について詰める。
どうやら遅くても7月じゃないとオクサマの実家へ申し訳が立たないと勝手に思っているようだった。顔あわせの時に春から秋にかけて挙式と合意済みだったのに、一度決まった話を蒸し返すのはやめて欲しいのですけれども。

オクサマの口から、オクサマの両親も春から秋ならいつでもいい、と認識していることを説明してもらったら、ようやく父は納得し始めた。僕も、ほぼ同じ内容を父に説明しているのに、この差はなんだろう。

日曜日に、母とオクサマの両親を交えて話をすることに決め、早々に就寝した。オクサマは寝る前に「今日のオクサマは、大変よく頑張りました」と足を差し出した。そして今日も僕の親指はオクサマの足の裏と出会った。
2005年04月11日

結婚式の日取りが決まったよ

オクサマの両親と、僕の両親と、僕とオクサマとを交えての話し合いが始まった。僕は今までの経緯を説明し、オクサマの両親から考えを聞いた。そして「挙式は早いに越したことはないけれども、夏だろうが秋だろうが大して変わらない」という言に、ようやく父が納得した。もっとも半年前から同じことを話して決めていたはずだったのだけれども。

そして挙式の日取りが、僕らの希望通り決まったよ。

次に、僕の地元でやる親戚披露の話について、挙式の一週間後に僕の親の好きにやってもらう事を確認する。ただ、オクサマの両親を呼ぶのは趣旨が異なるので取りやめてもらうようにいうが、今ひとつ納得していない。相変わらず話をしても話をしても、ちっとも話を進めようとしないので、ものすごく疲れる。うちの親は話を聞く素振りをするけれども、思い通りにいかないとずっと同じ話を続けるのだ。

田舎の長男の結婚だと、ここまでエネルギーを注ぎ込むのは仕方のないことなのだろうか。僕には理解できない。とりあえず調整が必要なので、話し合いはここまでとなった。

帰ってきてから、オクサマが「うちの親よりも十も若いくせに頭が固い!」と怒りはじめた。普段僕が親とバトルを繰り返している理由がようやくわかってきたらしい。頑張れオクサマ!戦えオクサマ!俺も戦うから!

「え、戦うなんて、そんな。オクサマは平和主義者だから。オホホ、オホホ」


はしごを下ろされた。
2005年04月20日

結婚式場を仮予約したよ

僕とオクサマは、休みの日にゲストハウスウェディングはどんなもんだろう、と見学をしてきたよ。

しかし、内装はオクサマの趣味に合わず、家族だけでの挙式にしては少し形式的過ぎて見送ることにした。そしてホテルのスイートルームウェディングは「特に検討しなくていいや」ということだったので、一番最初に見学したところに仮予約を入れた。予定は、秋だ。

最初に見た会場がオクサマのお気に召したからだろうか、そもそも僕らのスタイルだと式場の選択肢が少ないことが念頭にあったからだろうか、あっさりと決まり、新居探しの時ほどにエネルギーを使わなかった。僕は少し意外だった。

参加してくれる家族に日程の最終確認を取ったら、次は衣装選びをする。少しずつ結婚式の準備が進んでいくよ。
2005年05月06日

衣装を選び始めたよ

提携先のドレスショップを紹介してもらうために、式場に出掛ける。

サンプルを見て、担当の人にショップの特徴を教えてもらいながら3店舗ほどピックアップする。
オクサマは、既に着たいドレスの希望があるため、スムーズに進んだ。

3店舗選んだなかでも、オーダ中心のショップがシンプルなストレートラインを各種取り揃えていてオクサマの希望に沿うものだった。比較のために、メガショップとセレクトショップの予約も一緒にお願いしてきた。

いよいよ結婚式の準備が始まるよ。
2005年05月07日

衣装探しをしたよ(その1)

いわゆるメガショップと呼ばれる取り扱い点数の多い店に試着をしにいった。その中で4着ほど試着するが、オクサマの反応は、鈍かったよ。

メガショップの中ではオクサマの好みはマイノリティに属することが分かった。レンタルしたいと思うものがなかったようだ。しかも僕の地元での親戚披露の食事会があるため、中途半端なものをレンタルする場合でも購入するのに近い金額を掛けることになってしまう。オクサマの趣味に合うショップを探すかオーダするかして購入するのがよさそうだ。

シンプルな美しさを求めているのに、贅沢をしたいわけではないのに、なぜかお金がかかるよ。

2005年05月07日

衣装探しをしているときに僕は気がついたよ

オクサマが衣装を着替えている間、僕は手持ち無沙汰で、周りで大量生産されている花嫁を観察しながら待っていたのだが、いくつか新しい発見をした。

まず、きれいな人でも、姿勢が悪いとまったくドレスが映えない。特に首を前に突き出す姿勢の人。

そして、普段街中で見たら、ガリガリに痩せている、と感じるにちがいない人ほどドレスが似合っていた。

どう考えても気合を入れずに着るものではないと感想を述べるとオクサマに「当たり前じゃない」と冷ややかに返された。
2005年05月08日

衣装探しをしたよ(その2)

まず、セレクトショップにて試着した。ドレスはレースをふんだんに使ったものが多かったが、オクサマの満足するデザインはなく、反応は普通だった。

次にオーダ中心ショップへ向かい、サイズオーダできるタイプのドレスを試着した。いままで見た中では一番満足していたようだったが、上質なシンプルカジュアルといった趣きでレースが少ない。僕はレースがあまり好きではないのでプレーンなドレスは素敵に映ったのだが、決定には至らなかった。ちなみに、この店でオクサマの満足行くものを頼むと、レースのオーバドレスを追加するかフルオーダになって予算と折り合わない。

まだ満足できないので、僕とオクサマは雑誌に載っていた普通の服屋に置いてあるウェディングドレスを見にいく。二店舗見たがいずれも既製品、とりあえず置いてありますという程度で20万円は高い。

帰ってから、オクサマと状況を整理する。
  • 挙式と親戚食事会(1週間後)で2回着るため、ニ人ともレンタルはせず購入する。
  • オクサマはホテル提携以外のサイズオーダできるドレスショップを探す。
  • 僕はいつもスーツをオーダしているショップで買う。


こういう場合、男は着るものが決まっていて、楽だよ。モーニングやフロックコート、ディレクタースーツにしても大体のデザインは決まっている。どれを着るかはオクサマのドレスが決まり次第合うものを考えることにして、いつ頃までにオーダをすれば間に合うかだけ確認しておくことにした。

オクサマがんばれ!と励ますと「ダンナチンも一緒に付き合うんだよ」と手で頬をピタピタされた。
2005年05月09日

衣装探しをしたよ(その3)

長かったG/Wも終わりを告げるかにみえた我が家は、僕がもう一日休みを取っていたためにまだ続いていた。オクサマ大喜び。

そして前日の夜オクサマが発見したドレスショップに向かう。そこでは5着ほど試着したところ、いずれもオクサマ好みで、オーダも多少の無理は聞いてくれそうな上に、予算も十分折り合いがつくものだった。しかも、持ち込み料を一部負担までしてくれる。こんなにサービス良くて商売が成り立つのかなんて、要らぬ心配を二人でする。

オクサマは帰り道、「いいところを見つけた」と満足そうに言った。僕も気に入った。オクサマが気に入った様子だったので、ますます気に入った。

そのお店ではまだオーダできる最終期限まで時間があるので、オクサマは家族と相談し、そこでオーダできるデザインでよいかよく考えることにした。こういうものはやはり女性同士の目というのは必要だと思うし、きっとオクサマのお母さんも喜んで付き合ってくれるだろう。

最後に気に入ったお店を一つ見つけられて、連休を気持ちよく終われるね、と僕がいうとオクサマは嘆いた。

「あー、明日からダンナチンがいない生活が始まる。オクサマ、どうしよう」

あの、夜には帰ってきます。
2005年08月02日

結婚式の打ち合わせが始まるよ

ぜんぜん結婚式の話が進んでいない。オクサマはドレスをオーダしたが、僕のスーツは8月末に秋冬の生地が出揃ったあたりで仕立てる予定なので、しばらくすることがないせいもある。そして僕もうつろだった。

だが僕が毎日抜け殻だった隙に、オクサマは結婚式のディレクタと下交渉をして打ち合わせの日を決めてくれた。

そろそろ、結婚式の打ち合わせが始まる。そしてオクサマは僕に指令を出した。

「ダンナチンも結婚式の雑誌を一緒に読んで考えて?モーニングばかり読んでちゃ、ダメ!」

怒られた。
2005年08月08日

結婚式の打ち合わせに行ったよ

結婚式の、最初の打ち合わせに行った。でも会場に着くまでに、オクサマと険悪な雰囲気になった。

出かける準備をするとき、最初予定していた時間とオクサマの準備完了は15分ずれる。だからいつもはそれを頭に入れているのだけれども、夜更かししたオクサマが直前まで寝ていたこともあり遅れを修正しきれなかった。そして5分遅れのまま行動した。その上、よく降車駅を確認しなかったため、目的の一駅手前で降りてしまった。

急いで会場に向かい、なんとなく、居心地の悪いまま打ち合わせを始めた。最初の打ち合わせは以下のような項目の確認であっさり終わった。
  • 装花の担当者の決定
  • オクサマのヘアメイクのリハーサルの予約
  • 次回の打ち合わせまでに決めるべきことの確認


そのなかで次回の打ち合わせまでに決めておくことがいくつかある。
  • 招待する家族の宿泊の有無、食材のアレルギーや好き嫌いの確認
  • 進行・演出のアイディア
  • 引き出物や引き菓子、など


引き出物は必要かどうかは、まだよく考えていない。それと僕らの式は家族だけと言うこともあり「ご祝儀」をいただく予定はないため、できる範囲で考えようと思う。

そして帰り道。オクサマ!仲直りしよう!と持ちかけると「なんだよ、ダンナチンはまだけんかしてたのか」と笑われた。

ひ、一人だけ大人のふりをしてずるいよ、オクサマ。
2005年08月27日

二人で僕の実家に行ったよ

僕の実家に行った。母の着る衣装の調整、それから結婚式の引き出物や宿泊、着付けの手配を確認するための打ち合わせをした。

難航が予想されたのに、話し合いは2時間ほどで終わった。なかでも、ここ1ヶ月ほどの間、メールやファックス、電話を使っても一向に解決しなかった衣装の話があっさり解決したことに驚く。あれは僕らを実家に呼び寄せるための演技だったのか、確認するだに恐ろしい事実だったよ。

引き出物は、皆が持って帰るのも面倒だし、我々も全員の趣味を満たすものを探す困難度を考えて、用意しないことにした。その代わりにきてくれてありがとうと言う気持ちをこめて皆に前日、会場ホテルの宿泊をプレゼントすることにした。

これで、僕とオクサマの夏休みの宿題は片付いたよ。


それから、オクサマと僕は、結婚式で何らかの形で使うために、僕の幼少の頃の写真をあさった。そしてオクサマは宝の山を見つけ歓声を上げる。

「邪気がない!」「かわいい!」「た、食べちゃいたい!」

オクサマは、賞賛と同時に今の僕へ挑戦的な言葉を投げつける。

「なのに今は……。うっ、うっ、うっ…。」

これは、何の、プレイですか、オクサマ。


「あー弟くん、かっこいい」「お父さんスタイルいいねー」

だ、ダンナチンは?

「普通。」

これは、何の、プレイですか、オクサマ。
2005年09月25日

僕の衣装をオーダしてきたよ

一ヶ月ほど前に、いつも僕がスーツを頼んでいるお店に行き、結婚式用のスーツを注文してきた。

僕の場合、ごくわずかに既製品のスーツでは肩幅や裄丈、ズボンの長さが合わない。特殊サイズのものなら合わないこともないのだが、肩や腕のサイズにあわせようとすると今度は腹回りや太もも回りが不恰好になってしまう。

そのためいつもイージーオーダを扱っているお店でお願いしている。今回も、安心できるので、そこでお願いするつもりで店に向かった。

しかし、店に到着して初めてベストと靴の予算をすっかり忘れていた事に気がつき、慌てて予算を検討しなおした。本当はいつも作っているデルフィノも良いけれど、ちょっとミーハーにロロピアーナとかゼニアの生地もいいな、と思っていた。だけど、予算とも相談して、もう少し実用的な生地を選ぶことにした。

式の後に仕立て直して普通のスーツとして着るつもりだし、僕らの式のスタイルを考えると実用的な生地の方が合っている。後で思い返しても納得行く結論だったので満足した買い物が出来たと思っている。

生地が決まったあとはオーソドックスなロングジャケット作ることにして、細部の様式を決めていき、最後に内ポケットのネーム刺繍を決めるところでちょっと悩んだ。

少しオクサマと相談して、僕の名前を入れるのは止めた。

結婚式の日付を入れることにしたよ。
2005年10月09日

結婚式の準備をするよ

僕は出来上がったスーツを受け取りに行った。そしてその足で伊勢丹に出掛け、アスコットタイとカフスボタン、革靴を購入した。衣装総額12万円ちょっと。式後のスーツの仕立て直しを含めて13万円。ちょうど予算におさまった。

髪も切った。結婚式の頃にはちょうどよい長さになっているだろう。

髪はオクサマの強い希望により、昨年来ある美容師さんにお願いしている。僕は美容院には手間隙をかけるのが苦手だったのだが、オクサマが満足する顔を見られるのならば、多少の手間は惜しむべきではないと計算した結果だ。予約すら面倒くさがり、近くの美容室にふらっと寄って切ってもらっていたのが、ずいぶん進歩したものだ。

しかし、半年かけたダイエットは目標に届かなかった。途中から仕事のスケジュールがタイトになってしまい、十分な時間が取れなくなってしまっていたのが予想外だった。そしてスーツが似合うように胸筋をビルドアップするところまではいたらなかったのも残念だ。


(下限は目標だった体重)

一方、オクサマはメイクリハーサルを終え、エステの下調べをし、ドレス用の下着を購入し、完成したドレスの試着をするなど、着々と準備をすすめている。またスキンケアにも熱心だ。自分の肌に合う化粧品を試行錯誤して見つけ、熱心にケアをしている。来週には顔や肩、背中のケアに行くようだ。

ふと僕がオクサマにここ数ヶ月注いだ美容への投資額をそれとなく尋ねたら予想を少し越えた額と「オクサマが綺麗だと、ダンナチンもうれしかろー?」と言う答えが返ってきた。

……オクサマ、命拾いしたな!
2005年10月12日

結婚式の打ち合わせに行ったよ

結婚式も間近に迫っている。結婚式の打ち合わせをしてきた。時間通りに到着した。オクサマに、時間通りに到着するのは安心する、とアピールすると、オクサマは「この間はすいませんー」と口をとがらせた。

まず最初に装花の打ち合わせをする。花に関しては僕が提案するとオクサマが自動的に却下する画期的なシステムが導入されたためスムーズに打ち合わせが進む。

担当者はオクサマのこだわりを真正面から受け付けてくれる、気持ちよいほどプロ根性溢れる人で、溢れすぎたオクサマの情熱は予算プラス1万円というステキ回答で乗り切られた。そしてオクサマの狭いストライクゾーンに対してプラス1万円でド真ん中を通してくれるのならば安いものなので、僕も賛成し気持ちよく決定する。

次にメニューの打ち合わせをする。家族のだれもが食べ物に関しては好き嫌いはなく、家族のだれもが何でも食べるのだが、あまりにも要望がなさ過ぎて難航した。僕らの考えていた「箸でも食べられる」「魚介を中心に」というのはあまりにも漠然としていたことが判明する。結局、肉料理は牛で、魚介はエビを、などというように食べ慣れた食材を中心に構成してもらうことにした。

その後、宿泊の手配や参加者の着付けやヘアメイクの手配と当日の流れを大まかに意識合わせをして、終わった。打ち合わせは後一回を残し、結婚式の準備はいよいよ佳境に入っている。

帰り道、オクサマと結婚式でどんなことを誓おうかと話しながら帰ってきたときに、不意に指摘された。

「さっき、結婚式の流れで誓いのキスを確認しただけで照れてただろ!」

そんなことはない!と否定したけれど「自分では判りにくいと思っているんだろうけど、分かり易すぎるよ!」とさらに指摘された。「結婚式で照れずに誓いのキスができるんだろうな?ん?」

行きと帰りで立場が逆転した。
2005年10月26日

結婚式の打ち合わせに行くよ

いよいよ、最後の打ち合わせをするためにホテルに向かった。

写真の担当者と打ち合わせをする。気に入った結婚式の写真を持って見せたら、スムーズにコミュニケーションが図れた。オクサマの希望する、光線のやわらかな写真は会場の採光の都合でちょっと難しそうだったが、外で撮ったり、フィルターを利用したものを何枚か撮ってみてもらって出来上がりを見て判断してみましょう、という方向にまとめた。

写真も、アルバムを作成する前に出来上がりを見せてもらえることになった。サンプルを見る限り少し不安があったので載せたくないものがあったら除外できるように交渉したのだが、その希望も通った。わがままし放題だ。

それからカメラを担当する人には、全ての動作をゆっくりと、そしてウェディングキスは3秒でと言われた。1秒増えた。オクサマは悶絶するに違いない。

その後、担当者と全体の流れを最終確認する。当日の家族の準備、式への集合時間とその後の食事会までの流れなどの説明を受ける。

式ではブーケセレモニーをすることにした。きちんとプロポーズをして、オクサマにブーケを渡す。「きっとダンナチンは照れる」と言う顔をオクサマにされたが、折角だから気持ちを言葉にすることにした。それから既に入籍していて指輪も普段からつけていることもあり、指輪の交換をしないことにした。

オクサマの最後のヘアの打ち合わせと衣装を搬入する手はずを整え、ようやく結婚式の全貌が固まった。

帰ってから、これから式までに僕らがやることをホワイトボードに書いておいた。
・誓いの言葉の用意
・式でそれぞれの母親にプレゼントするアルバムを作る
・そのときに両親に渡す手紙を書く
・尽力してくださったスタッフに渡す心付けのピン札とぽち袋の準備
・衣装やその他ウェルカムアイテムの搬入

それから僕はオクサマに内緒でプロポーズの言葉を準備する。きっとオクサマは「結婚してください」とだけ僕が言うと思っているみたいだったけれども、ちゃんと考えようと思う。しかし、ことは隠密裏に進めねばならない。だけどここに書いたらバレバレだ。
2005年11月01日

オクサマは照れてから凄んだよ

僕は会社を早退し、オクサマと一緒にホテルに衣装やアイテムを持ち運んだ。ドレスとヘアの打ち合わせも終わった。

結婚式まであとわずか。しかし僕の仕事はなぜか忙しい。帰ってからは、そのほかの準備も進めたいところだったけれども、体力の回復するために僕はベッドに横になっていた。

一方、オクサマは寝室のパソコンで誓いの言葉を考えている。僕はかまってもらえなくてちょっとつまらなくなってきた。僕がちっとも仕事から帰って来ないと憤慨するオクサマの気持ちが少しわかったような気がする。だから、机で作業しているオクサマに、来いよ、かわいい人、と言ってみた。オクサマは一瞬虚を突かれた後大照れしていた。

「ひゃー、こ、困る!かわいい人っていわれた!」

困られた。じゃぁ、いいや、と背を向けると「オマエ、何でそこであきらめるんだよ。ぁん?」とすごまれた。

女心と秋の空。
2005年11月02日

オクサマは僕に笑顔を見せないよ

家に帰ったらオクサマがアルバムを作っていた。このアルバムは食事会の席上、僕らの小さい頃をみんなで見てもらうために渡す予定のもので、僕とオクサマのそれぞれの分を作っている。しかし、残念ながら、僕がぺらぺらになって帰ってくるためアイディアを出すのが精一杯で、二人分のアルバムを作る作業はほとんどオクサマに頼りきりだった。

一生懸命作業するオクサマの頭をなでたら「ん?」とオクサマは顔を上げ、「なんだ?」と言いながら、にぱっと笑った。そのオクサマの笑顔が僕にはとても気持ちよかったので、その後、もう一度なでた。やっぱり顔を上げて、にぱっと笑った。

……た、楽しい!

もう一度なでて、にぱっと笑うオクサマに、頭をなでると必ず笑うね、と指摘するとオクサマは憤慨した。「ペット扱いされた!もう笑わない!」

それでも、もう一度、なでた。すると、やっぱりにぱっと笑ったあとに、「く、くそー!つい、笑っちゃうんだよ!」と悔しがった。

オクサマは、頭をなでられても、二度と顔を上げなかったよ。
2005年11月04日

結婚式の準備は佳境を迎えるよ

オクサマの働きによりアルバムができた。残りの準備はピン札の用意と、両親への手紙に誓いの言葉、それと。ブーケセレモニーでのプロポーズの言葉。

準備は進んでいく。だけれど、数日前だというのに、ちっとも自分のことじゃないみたいだよ。
2005年11月05日

明日、僕と彼女は結婚を誓うよ

オクサマ、結婚式の準備するぞ!と仕事を終えた僕が家に帰ったのは金曜の深夜2時だった。すると「やっとダンナチンが帰ってきたと思ったら、ペラペラになっている!」とオクサマにしがみつかれた。動けない。

おまけに疲れ過ぎて眠いのか、オクサマと会話してもうまく答えられない。何も考えられないというのはまさにこのことか、と思いつつ、オクサマと残件を整理して紙に書き出して眠った。

翌日起きて昼過ぎから残件を分担し、それぞれ別行動をとった。僕の分担は心付けのための両替をすること、ビデオテープなどの残った買い物をすること。しかし銀行での両替は平日3時で終了していることが判明した。ローソンATMで2000円札のピン札を、そしてホテルの外貨両替窓口を利用して5000円札を手に入れて何とか危機を回避した。家に帰ってから、ぽち袋に心づけをいれた。両親への手紙も書いた。

そして、会場のホテルに向かい、すべて担当者に引渡し、結婚式の準備は完了した。担当者の明日は楽しみましょうね!という言葉で、少し現実感が増した気がする。

明日、僕と彼女は、家族みんなの前で結婚を誓うよ。
2005年11月07日

オクサマにプロポーズしたよ(ブーケセレモニー)

『永遠とか、一生とか、途方もない約束はできないけれども
 今日けんかしても今日のうちに仲直りする今日の分の約束はできる。
 少なくとも今まで、そうやって一日一日過ごしてきたし、
 これからも努力して一緒にすごしていきたいと思う。
 僕と一緒に、結婚を誓ってくれますか?』

家族みんなの前で、オクサマにブーケとともにプロポーズをしたよ。

オクサマは「はい」とブーケを受け取った。

そしてブートニアがオクサマの手によって僕の胸に収まったよ。
2005年11月07日

ウェディングキスの場所を議論したよ

結婚式の前日、僕とオクサマは熱く語った。ウェディングキスは頬か唇か額にするのかという命題についてだ。

「唇は断固ゆるさまじ!」とオクサマはいい、「そもそもダンナチンは家族みんなの前でオクサマの唇にチューできるのか?ん?ん?」とオクサマは問うてきた。

できる!と答えたものの、想像するだけで照れる僕を見てオクサマは「ほーれ、見たことか」と勝ち誇った。

じゃぁ、と思って僕は、試みに、オクサマの額にキスをしてみた。

するとオクサマは額を抑え、「おでこがじんじんするー!」と悶え、「三つ目が、三つ目が開くー」と自らが三つ目族の子孫であることを告白した。
2005年11月08日

家族みんなに努力を誓ったよ

ブーケセレモニーの後、二人で結婚を誓った。

誓いの言葉では、今日この場を迎えるにあたって助言・手助けをしてくれた人々への感謝を述べた。そして僕らが今までの経験から学んだ、なすべき努力を家族に誓った。困難を乗り越える努力、互いの信頼にこたえる努力、互いの意見に耳を傾ける努力、互いに愛情を注ぎ続ける努力。

そしてオクサマの左頬にウェディングキス。3秒数える余裕は、あった。でも緊張した。

セレモニーはあっという間に終わった。
タグ: 結婚式
2005年11月11日

家族と食事をしたよ

家族みんなに結婚を誓った後、会食をしたよ。

ケーキ入刀や家族紹介、僕らの小さい頃の写真をアルバムにして見てもらったりしながら、食事をした。家族とゆっくり話が出来た。

そして、2時間あまりで食事会は終わった。部屋に戻ると、オクサマが「終わっちゃったね。」とつぶやいた。僕も、ものすごく充実感を感じていた。

これで一区切りを迎えたよ。
タグ: 結婚式
2006年01月19日

二人で結婚式の写真がひどいと嘆くよ

結婚式の写真が届いた。アルバムにする前のサンプルだ。これをチェックしてアルバムに入れて欲しい写真をピックアップすることになっている。

実は、準備段階で見本のアルバムの細かいところでいくつか不安を感じて、持ち込み不可のホテルであることを承知の上で、いろいろと交渉していた。しかし「カメラマンの持込はできない。」「ホテルが自信を持ってオススメするカメラマンである。」という返答だった。見本のアルバムの水準も全体としては悪くはなかったので、打ち合わせでリクエストすればカバーできるだろうと言うことでお願いすることになっていた。

しかし、届いた写真は、残念ながらプロの仕事と呼べるものではなかった。ざっと見た限りでは、ひとつのシーンがほとんど同じ画角だったり、露出があっていなかったり、ブレている写真が多かったりしている。少なくとも画角のバリエーションが、見本の水準に達していないのは問題と思われた。

何枚かは、焼く際にトリミングや露出の調整は出来るとは思う。しかし、写真はネガを渡してもらう事を前提に料金設定されている。そうなると、そのまま焼いた写真が、ある程度完成していない時点で、対価には見合わないことになる。

そしてブレたり目をつぶったりしているせいで、アルバムに残せないシーンが出てきた。メイクシーンや、誓約書へのサインのシーン、ウェディングキスのシーンなどだ。

「目をつぶった写真」「変な表情の写真」は、僕らの問題といえなくもない。しかし、どうも1テンポ遅れたと思われる写真が多く散見される。少なくとも、目を開けている時間と瞬きをする一瞬の時間比率と比べれば、10枚に2枚の割合で目をつぶっているスナップと言うのは異常だと思われる。

そして、なによりも致命的なのはそれぞれの両親とのちゃんとした4ショット(いわゆる記念写真のような)スナップが一枚もないことだ。家族がデジカメで撮ってくれた中にはある。流れの中で撮るスナップショットなので、決まった形がないというのはわかる。しかし、見本のアルバムにも載っている上にリクエストをしている。そして前述の事とあわせれば、このカメラマンが多くのタイミングを逃していることを示す材料になる。


そのほかにも見本の水準に達していないセンスがない写真が多い。しかし、主観は置いておき、まずは客観的な材料を元にホテルに状況を伝えることをオクサマと確認した。

『両親とのちゃんとした写真やいくつかのシーンの(使える)写真がない。』『この水準がホテルとして薦める水準なのか?』というストーリで確認しようと思う。その上でアルバムを作るうえでどのような対応が考えられるか、ホテルと相談していくことになるだろう。

言いたい事はいろいろあるけれど、あえてこちらからは要求を示さないこと、そしてホテル側の対応を見てから最大限の譲歩を引き出す方向で交渉を進めていくことをオクサマに確認をしたよ。



「わかった。」「それにしてもひどい。」

オクサマはへこんでいる。
2006年02月01日

結婚式のアルバムについてホテルと話をするよ

先日届いた結婚式のひどい写真について話しあうために、ホテルとアポイントをとった。担当者だけではなく、カメラマンの持込を打診したとき「ホテル提携のカメラマンを自信を持ってお薦めします。」と持込却下の判断をした責任者にも同席してもらうことを依頼した。

なお、事前に、知り合いのカメラマンアシスタントをしている人に写真を見てもらい意見を聞いておいた。僕らの意見だけだと主観的になりがちなので、技術的見地から参考意見が必要だろう、と思ったためだ。そして技術的な指摘は様々に及んだ。

最後に感想を求めたら「ただ撮っているだけで、いい写真を撮ろうとする工夫が感じられない。」ということで、僕らが当初感じた感想と同じようなものだった。

「やっぱり。」

オクサマがまたへこんだ。
2006年02月06日

結婚式のアルバムについてホテルと話をしたよ その1

『写真を見せていただきましたが、率直に申し上げて、不満です。僕らと両親との写真がありません。』

そう、切り出したら担当者が軽く息を呑んでいたのが見て取れた。

現状を説明して、僕らの感想客観的な意見を伝えた。そして、これがクレームではないこと、この状態でより良いアルバムを作るためにどうしたらよいかを相談しながら進めていきたいと伝えた。その結果、アルバムとして完成する直前に再度写真とページ構成を確認をする方向で調整していくことになった。

次に、両親との写真が無い件と出来てきた写真全体の水準が低い件について、ホテルとしてどのように考えているか回答を頂きたいとお願いをした。さすがに即答はできない内容なので、出来上がってきた写真を確認するときに回答をもらえるということになった。

ちなみに、この写真の水準がホテルとしてお薦めするものなのか?という質問に対しては、ずっとホテルでやってきた会場に慣れたカメラマンだし、何人かいる中でこのカメラマンを一番信頼しているという微妙に論点をずらされた回答が責任者から返ってきた。

長いから良いものでもないし、慣れているから技量があるわけでもないと思うし、ずれた論点を修正もしたかったのだが、それよりも他にカメラマンがいたという初耳な事実が回答の中に含まれていて驚いた。一応、緊急事態に備えた体制であるということで、サンプルも普段の撮影もこのカメラマンで通しているというフォローがあったが、それでも、いるなら紹介して欲しかった。人によっては気に入るかもしれないのに、というのが僕とオクサマの感想だった。

最後に、写真の件とは関係なく、ホテルでの挙式自体はスタッフ皆さんのおかげで素晴らしいものであったこと、満足していることを伝えて帰ってきた。


最初から最後まで担当者と責任者ともに平謝りだった。そして言葉を選びながら、苦しそうに僕らの質問に対して回答をしていた。カメラマンとは提携しているだけだし、言い訳して相手を逆上させたらこじれるから当然なのだが、さすがにトラブル対応はそつがなかった。

とりあえず様子を見ようと考えている。次は写真が焼きあがる一ヶ月くらい先になる。
2006年04月23日

結婚式のアルバムについてホテルと話をしたよ その2

問題対応をお願いしていたアルバムの写真が焼きあがったとホテルから連絡があってから三週間、ようやく二人でホテルに向かい、確認をする。

同席したウェディング部門の支配人の挨拶を受け、やけに仕上がりのよさを強調されたがあらかじめ二人でピックアップしていたので、予想の範囲内の構成と出来であった。ただ、ひとつ予想外だったのはカメラマンの不注意による失敗写真が修正され含まれていたことだ。式前の打ち合わせ時にはトリミングも修正も一切かけないと言う話だったのだが、問題対応をお願いした結果ホテルとカメラマンの判断で修正をしたようだ。

内容を確認し、いくつかリクエストが正確に伝わっていなかった写真の差し替えをお願いし、後日アルバムを受け取ることになった。

これでようやく完成する。

リクエストしたシーンのうち、両親との写真やメイクシーンなど、7つリクエストした項目のうち、3つは抜けている(失敗写真の修正がなければ4つだった)し、アングルやカットのバリエーションはサンプルアルバムに遠く及ばない。

ただ出来る範囲で最善は尽くすことが出来た。

一息ついて支配人が去り、責任者とアルバム代金の話に入った。その中で「ホテルとしては全額返金とは考えていない。」「お二人はいくらなら妥当と考えますか。」とたずねられた。

一度ホテルに判断を預けたはずだったので、ちょっとびっくりしたが、二人で相談した結果、僕らとしては撮影技術料はお支払いできるものではないが、写真を焼いてアルバムを製作する分について対価としてお支払いしたい、しかし具体的な金額は答えられないので、判断材料としてアルバムセットの内訳を教えてくださいとお願いした。

しかし、その返答は、撮影とアルバム製作料はセット料金なので内訳は教えられないと言うことだった。僕は苦笑いをして、問題対応を依頼したあとの費用については納得の上お願いしていることと、ただそれでも写真の品質としては十分でないが他にとるべき手段がないためお願いしていることを踏まえてホテルとして判断くださいと責任者に伝えた。

最後の最後で認識のずれを感じた僕は再度責任者へ質問した。シーンが抜けたのは、カメラマンのミスですか?我々のリクエストミスですか?それともスナップ写真をとる上で起こりうる不幸な事故ですか?と言う内容だ。

それに対しては、カメラマンのミスやタイミングの悪さが重なった結果である、と言う返答があった。返答からは認識がずれていないようだったし、責任者も決して不誠実な対応ではないのだけれども、しかし、今日の対応からは問題を大きくしたくないような意思も感じる。

黒幕はウェディング部門支配人だな、と思いつつ、僕らは丁重に責任者にお礼をいい、ホテルを後にした。

アルバムの出来上がりは来週とのことだが引越しにまぎれて受け取りはもう少し先になりそうだ。結婚式からもう半年経とうとしている。
2006年07月25日

結婚式のアルバムについてホテルと話をしたよ その3

引越しの後始末が落ち着いたころ、ようやく、ホテルに向かいアルバムの受け取りをしてきた。

内容を確認し受け取り、そしてアルバムにかかる費用は全額返金となった。

これが、前回の席で我々が『装丁にかかわった費用はお支払いするが、カメラマンの撮影ミスであるとホテル側が認めた経緯からも撮影に関する技術料はお支払いできない』と伝えたことに対するホテル側の回答だった。

アルバムはセット料金であるため(つまりドンブリ勘定か、教えると都合のよくない内訳が含まれていると推測される)、このような対応をホテルは取らざるを得なかったのだと思う。ホテルも商売だし、セット料金内で色々工夫しているのは仕方のないことだと思うが、今回はそれを逆手に利用して最大限の譲歩を引き出させてもらった。

帰って改めてアルバムを確認する。いくつかの対応のおかげで、最初のときよりは希望には近づいたが、少し物足りない。

「このアルバムを見るたびに、結婚式を思い出すより先に、カメラマンの持込ができなくて残念だったなって思い出しちゃうね」とオクサマは言う。アルバム自体の他に思い出を得たことに二人で苦笑いをしたよ。

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。